中釘陣屋は、指扇領主であった旗本山内氏が築いた陣屋である。初代豊前守一唯は、土佐藩初代藩主山内一豊の甥で、兄の忠義は1605年に一豊の跡を継いで土佐藩主となった。即ち一唯の家系は、土佐藩主の実弟の家系ということになる。大阪冬の陣の際、兄忠義が江戸から出陣したため、一唯は土佐藩士を率いて将軍徳川秀忠の麾下に属した。1616年に幕臣となり、以後は将軍の上洛や日光社参にしばしば供奉した。そして1623年に将軍秀忠から指扇領18ヶ村3,000石を拝領し、中釘に陣屋を構えた。以後、一輝、一俊、豊房と4代67年間にわたって続いたが、豊房が土佐藩山内宗家の豊昌の養子となったため、その采地は上知となった。
中釘陣屋は、往時は低湿地に半島状に突き出た台地上にあったらしい。しかし現在は耕地化で周辺一帯は改変され、遺構も全く無くなっている。陣屋があった付近には2軒の民家があるが、『日本城郭大系』によれば、「陣屋」「堀の内」の屋号が残っているという。従って、2軒とも陣屋跡地の中にあるのだろう。遺構は全く無いが、北東にある妙玖寺には山内一唯一族の墓が残っている。
お城評価(満点=五つ星):☆
場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/35.930889/139.563133/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
ラベル:陣屋






















