2025年05月24日

鳶ヶ巣山砦(愛知県新城市)

DSCN4436.JPG←堀切と土塁
 鳶ヶ巣山砦は、1575年の長篠の戦いのきっかけとなった武田勝頼による長篠城包囲戦の際に築かれた乗本五砦(姥ヶ懐砦君ヶ伏床砦・鳶ヶ巣山砦・中山砦久間山砦)の一つであり、五砦の中の主城である。1575年5月、武田勝頼は1万5千の大軍を率いて長篠城を包囲攻撃した。その際、武田(河窪)兵庫信実(信玄の異母弟)・小見山信近らの軍勢が鳶ヶ巣山砦に布陣したと言う。織田・徳川連合軍が後詰めのため設楽ヶ原に布陣すると、武田勝頼は長篠城への押さえのため乗本五砦の兵を残し、設楽ヶ原に進出して織田・徳川連合軍と対峙した。武田軍の退路を断つため、5月21日明け方、酒井忠次率いる鳶ヶ巣山奇襲隊が背後から鳶ヶ巣山砦を攻撃した。武田軍は狼狽しながらもよく防戦し、激戦となった。しかし砦群は攻略され、信実らは悉く討死した。

 鳶ヶ巣山砦は、比高100m程の山上に築かれている。背後の尾根まで車道が伸び、駐車場があるので、砦まではそこから歩いてすぐである。乗本五砦の中央に位置し、遺構も最もしっかりしており規模も大きい。尾根上に、綺麗に削平された細長い曲輪があり、その先に浅い堀切ど土塁で区画された方形の曲輪がある。ここには祠2基と長篠合戦の戦没将士の墓が建っている。これらの曲輪の側方には帯曲輪が築かれ、南西の支尾根にも曲輪が、また後部の尾根の側方に二重竪堀が見られる。更に西側下方の尾根にも平場群が見られるが、どこまで城域が広がっていたのかは改変があってよくわからない。しかしさすがは一族衆である主将信実が陣を敷いただけあって、長篠城包囲の砦群の中では普請の痕跡をよく留めている。
竪堀→DSCN4413.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/34.921338/137.567140/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

長篠の戦い (歴史新書y) (歴史新書y 1) - 藤本 正行
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posted by アテンザ23Z at 02:00| Comment(0) | 古城めぐり(愛知) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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