千光寺山城は、この地の豪族木梨杉原氏が尾道港の取り締まりのため築いた城である。築城には2説あり、永禄年間(1558~70年)に杉原元清によって築かれたとも、或いは元清の子元恒が1584年に築いたとも言われる。いずれにしても木梨杉原氏は、尾道水道と経済都市尾道をはじめ瀬戸内を一望できる千光寺山城を築き、鷲尾山城から居城を移した。1591年に豊臣秀吉の山城禁止令によって廃城となり、杉原氏は鷲尾山城の山麓に居館を築いて移ったと言う。
千光寺山城は、尾道市街地西方の千光寺山に築かれていた。しかし現在は、全域が観光名所である千光寺公園に変貌しており、改変も多数あってどの様な縄張りだったのか、想像することも難しくなっている。ロープウェイ駅の北側の展望台が設置された最高所の平場が主郭と思われ、往時は千畳敷と呼ばれていたらしい。主郭は東西に長く、北側には腰曲輪らしき地形も見られるが、改変されているので遺構がどうかわからない。主郭の北西に坂を下ると、一段低くY字型の平場がある。二ノ郭であったと思われる。このY字に分岐した2つの尾根の内、北尾根の北端に大岩があるが、八畳岩と呼ばれていたらしく、ここに天守があったとの伝承があるらしい。その他、周囲には公園化された平場がいくつもあるが、どこまで曲輪として使われた跡なのかは全くわからない。結局、明確なのは眺望に優れた地勢だけである。現地には解説板はおろか標柱もないので、ここに眺望を見に来た観光客は、ここに城があったとは想像すらしないだろう。
主郭北側の腰曲輪状地形→
お城評価(満点=五つ星):☆
場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/34.410730/133.197247/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

尾道ねこ町さんぽ道 - 柏木 きなこ
ラベル:中世山城

