和田城は、地侍田野口氏の要害と伝えられている。戦国期には、田野口氏は上尾城主平林氏に属していたらしい。それ以外の詳細は不明である。
和田城は、密蔵寺背後の丘陵南端部に築かれている。南端に菱形をした主郭を置き、その北から西にかけて二ノ郭をめぐらし、二ノ郭の北に三ノ郭を配置した縄張りとなっている。主郭の後部2辺には土類が築かれ、背後には幅のあるL字型の空堀が穿たれている。二ノ郭は北半の3辺に土塁が築かれている。二ノ郭の幅は一定ではなく、主郭北西角部が曲輪の奥まで入り込み、曲輪の幅が狭くなっている。これはおそらく当初は主郭から二ノ郭までのひろい範囲を旧主郭としていたものを、後から内部に堀を穿って2つの曲輪に分けて、防御性を増す改修をしたことによるのだろう。二ノ郭の北側には空堀が穿たれて三ノ郭と分断されている。見事なのは二ノ郭の西側の堀で、美しい二重空堀が穿たれている。途中で三ノ郭との間の空堀と直交しながら北側まで掘り切っている。この二重空堀は、三ノ郭の北側で東に向かって湾曲している。また三ノ郭の西側部分だけ、外堀の外にも土塁が築かれている。三ノ郭は、ほとんど地山のままで明確な普請の跡は見られない。この他、主郭の南斜面に2段の腰曲輪が築かれ、主郭先端から伸びる東尾根には小堀切と小郭がある。以上が和田城の遺構で、美しい二重空堀が特徴の城である。
主郭の空堀と切岸→
↓MPI赤色立体図で見た和田城(出典:全国Q地図〔国土地理院測量成果〕) お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.566843/138.078335/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

宮坂武男と歩く 戦国信濃の城郭 (図説 日本の城郭シリーズ3) - 宮坂武男
ラベル:中世崖端城

