来迎松城は、中世に東三河の設楽郷一帯を領した土豪設楽氏の城館群(増端寺屋敷、岩広城など)の一つである。戦国時代には川路城主設楽越中守貞通の属城で、弓の名手として知られる家老の夏目久四郎がこの城を守っていたとされる。主君貞通は、まだ松平元康と名乗っていた徳川家康が今川義元討死後に今川氏から離反して自立した時、早い段階から家康に従ったが、夏目氏も貞通と行動を共にし、1573年の野田城攻防戦や1575年の長篠合戦でも貞通に従って活躍したと言う。
来迎松城は、大宮川西岸の台地上に築かれている。現在は、JR飯田線が城域中央部を貫通し、大きく破壊を受けている。そのため遺構はほとんど残っていないが、1箇所だけ北東部に土塁の一部が塚状に残っており、現在はその上に稲荷大明神と宝篋印塔2基が祀られている。遺構はわずかであるが、市の史跡に指定され、解説板も立てられている。
お城評価(満点=五つ星):☆☆
場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/34.911544/137.517418/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書 増補改訂版 - 小和田哲男, 加藤理文
ラベル:中世平城

