2026年01月26日

夷ヶ谷城(愛知県新城市)

DSCN4486.JPG←城跡の段丘地形
 夷ヶ谷(えびすがや)城は、夷城とも言い、奥平土佐守定雄が築いた城である。奥平定雄は、山家三方衆と呼ばれる奥三河の土豪の一つ作手奥平氏の庶流で、和田奥平氏初代貞盛の次男であった。また新城城主奥平信昌の4男で後に江戸幕府の重鎮となった松平忠明が1583年にこの城で産まれたと伝えられている。

 夷ヶ谷城は、北から南に延びた丘陵先端部に築かれていたが、現在は県道整備や圃場整備事業によって大きく改変され、遺構はほとんど残っていない。しかしそれでも、豊川用水沿いに畑地が段丘地形となっているのがわかる。規模は東西120×南北150m程度と推定され、長円形に近い多角形の単郭の城館であったらしい。見るべき遺構はほとんどないが、市の史跡に指定され、標柱・解説板が立っている。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/34.913677/137.499971/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

図説 江戸幕府 - 大石 学
図説 江戸幕府 - 大石 学
ラベル:中世平山城
posted by アテンザ23Z at 02:00| Comment(0) | 古城めぐり(愛知) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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