2026年01月16日

出沢砦(愛知県新城市)

DSCN4360.JPG←砦のあった丘の遠望
 出沢(すざわ)砦は、甲斐武田氏に服属した長篠城主菅沼正貞が1572年頃にこの地に侵入した際、出沢を領した滝川助義が川路城主設楽貞通と共にこの砦に籠り、侵攻を防いだと伝えられている。尚、助義は織田信長の家臣滝川一益の旗本であったと伝えられ、1575年の長篠合戦の際に左翼最前線で奮戦した。そして敗走する武田軍の追撃戦の中で、澤の尻の殿戦において武田方の部将笠井肥後守を討取り、信長より感状等を賜ったが、重傷のため翌日屋敷で没したと言う。

 出沢砦は、龍泉寺の北西にある小丘の上に築かれている。ネット上の情報では、一応平場群が残っているようだが、民家の持山で民家の敷地からでないと訪城できないうえ、周囲の道路は狭くて車を停めておける場所も見当たらなかったので、踏査は断念した。丘陵北側の車道脇の上方に砦跡の石碑が立っている。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/34.943172/137.534503/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

長篠合戦 鉄砲戦の虚像と実像 (中公新書) - 金子拓
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ラベル:中世平山城
posted by アテンザ23Z at 02:00| Comment(0) | 古城めぐり(愛知) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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