徳川家康八剱山本陣は、現地の石碑では単に徳川家康本陣跡と呼ばれ、史上有名な長篠の戦いの際に家康が本陣を置いた地である。1575年5月、設楽原の決戦に臨んだ徳川家康は、この八剱山に進軍して本陣を置き指揮を執った。
徳川家康八剱山本陣は、八剱神社裏手の丘陵頂部に置かれたらしい。丘の上は自然地形のままで遺構は全くないが、八剱神社の参道脇に標柱が立つ他、丘陵頂部に「家康本陣地」と刻まれた石碑が立っている。この石碑は東郷ケッターパークというマウンテンバイクのコースの奥にある。またこの丘陵の南東端には断上山9号墳という古墳があり、ここは家康物見塚と伝わる。すぐ前面には連吾川沿いの狭い平地が見渡せ、その向こう数百m先に連なる丘陵地は全て武田方の陣地である。つまり、家康は激戦地の最前線に本陣を置いて指揮を執ったのであり、これは後の天正壬午の乱や関ヶ原の戦いでも見られた最前線に身を投じる家康の、闘将としての側面であった。
八剱神社参道脇の標柱→
お城評価(満点=五つ星):☆
場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/34.917685/137.522268/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

検証 長篠合戦 (歴史文化ライブラリー 382) - 平山 優
ラベル:陣所

