2025年09月15日

岩間城(長野県飯島町)

DSCN9465.JPG←城跡の現況
 岩間城は、船山城主片切氏の庶流岩間氏の居城である。片切為基の孫の為綱が飯島町本郷に分封されて飯島氏初代となり、続く為光の子為弘が岩間に分封されて岩間氏の祖となったと伝わる。即ち岩間氏は飯島氏と同族で、飯島十騎に名を連ねた豪族である。1221年の承久の乱では、飯島太郎・片切六弥太らと共に岩間三郎父子・同七郎が参戦し、軍功を上げた。その後、合戦記には岩間氏の名は現れず、諏訪社の造営に関わっていたことがわかるだけである。時代は降って1582年、小太郎為遠の時に織田信長の武田征伐を受け、為遠は大島城で討死し、長子源太郎は帰農したと言う。尚、城の西方約300mの丘陵先端部には狼煙台があり、御嶽山には詰城が築かれている。

 岩間城は、一面の耕作地と一部が宅地に変貌しており、遺構は完全に湮滅している。解説板が立っている場所は微高地となっているが、発掘調査の結果でもどこまでが城域だったのか判明していない。失われた城である。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/35.682140/137.911720/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

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ラベル:中世平城
posted by アテンザ23Z at 02:00| Comment(0) | 古城めぐり(長野) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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