祢津上の城は、祢津城(下の城)と共にこの地の豪族禰津氏の要害である。本城の祢津城と比べると簡素な構造のため、一時的な逃げ込み場所と考えられている。
祢津上の城は、根津城の北東約920mの位置にある、標高930mの山上に築かれている。西中腹の林道脇から登道が整備されている。曲輪の規模的には祢津城より大きいが、普請はかなり大味である。頂部に東西に細長い長方形の主郭を置き、西側にわずかな段差で区画された半月型の二ノ郭を築いている。二ノ郭は主郭北側まで帯曲輪となって伸びている。更にその西から北面にかけて帯曲輪を廻らしている。主郭内部は数段の平場に分かれるようだが、切岸が不明瞭ではっきりせず郭内が傾斜しているように見える。西端部の土塁だけははっきりしている。二ノ郭も半月部の外周を取り巻く土塁ははっきりしている。二ノ郭の北側やや西寄りに、下の帯曲輪から登る虎口が見られる。以上が祢津上の城の遺構で、曲輪は大きいが普請が中途半端で、あまり普請に力を入れてない感じの城である。逃げ込み城という見解も もっともである。
外周の帯曲輪と二ノ郭切岸→
↓CS立体図で見た祢津上の城(提供:長野県林業総合センター)お城評価(満点=五つ星):☆☆
場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.384248/138.356289/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

甲信越の名城を歩く 長野編 - 中澤 克昭, 河西 克造
ラベル:中世山城

