2014年01月26日

玉城城(沖縄県南城市)

DSC06735.JPG←山麓からの城址の遠望
 玉城城は、歴史不詳のグスクである。伝説では、沖縄開闢の神アマミキヨが築城し、その子孫が歴代の城主になったとされるが、元より伝説に過ぎない。おそらく三山時代に、玉城按司の居城になっていたと思われる。
玉城城は、標高180mの丘陵上に築かれたグスクである。現在国の指定史跡として整備され、主郭の石垣がかなり良好に残っており、一部は真新しい石で積み直されて修復されている。穴が明けられたような主郭城門の石垣は、ちょっと崩壊寸前の様な感じで危なげで、もう少し補強などの手を入れて欲しいところである。主郭は全周を石垣が囲んでいるが、西側や南端部は薮が多くて形状がよくわからない。元々は、東側の緩斜面に向かってニノ郭・三ノ郭が広がった梯郭式の縄張りだったが、悲しいことにニノ郭・三ノ郭は米軍によって基地建設の用材として石垣が運び出され、破壊されてしまったらしい。それにしても、これだけよく遺構の残ったグスクが歴史不詳というのも、不思議に感じるところである。中山による南山攻略で、歴史が失われたのだろう。
主郭の城門→DSC06759.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/26.144266/127.780577/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
posted by アテンザ23Z at 02:00| Comment(2) | 古城めぐり(沖縄) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>イラブさん
平成の大合併は、昔の地名を知ってる人からすると、どこがどこだかさっぱりわかんなくなって、大迷惑ですね。千葉の「南房総市」なんか、名前がザックリ過ぎて、どこからどこまで南房総市なんだか、さっぱりわかりません。
玉城もかなり復元されているようですので、どこまでが遺構だか、よくわからないですね。集落の人が、近代になって積み直したりしてる可能性もあるんですね。
Posted by アテンザ23Z at 2014年01月27日 18:31
南城市 ナンジョウシ と読むのでしょうか?
いろんな所が合併しているしみたいですね。
玉城は石積技法が場所によって違うのが面白いですね、野面積みの中に切り石があったり、その逆も、下部のみ切り石積みで上部は手抜き状など・・・過去集落の人達が崩したり積んだりしたのかもしれませんね。
Posted by イラブ at 2014年01月26日 21:31
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